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「誰だ・・・?」
少女は視線を空へと向けて、小さく呟いた。
たった一つの光 2
「早く!早く!」
抱きついてきた少女にスザクは手を牽かれるようにして先ほどまでいた部屋を出た。
自分より頭一つ分以上下にある、柔らそうな栗色の髪を高い位置で二つに結った頭を見つめながらスザクは頼りなげに少女の名前を呟く。
「ナナリー・・・」
やはり出るのは自分の良く知る者の声で、自分の声ではない。
その声をナナリーと呼ばれた少女は聞き取り、駆け出しそうな程早足で廊下を突き進んでいたのを止めた。
「お兄様はナナリーにご本を読んでくださると約束してくださいました!」
繋いでいた手をナナリーの方から乱暴に振りほどき、頬を膨らませて見上げてくる。
「ご、ごめんねナナリー」
思わず慌ててそう誤るも、ナナリーは拗ねたように顔を背けた。
「あら、どうかしたのですか?」
「お母様!」
やってきたのは黒髪の美しい女性だった。
一度アッシュフォード学園で男女逆転祭りを行った時、誰しも彼を美人だと褒め称えたが本人は嫌そうに顔をしかめていたのは記憶に新しい。
目の前の女性はそんな女装をした時の彼を彷彿とさせる姿をしていた。
いや、寧ろこの女性が似ているのではなく、彼がこの女性に似ているのだとスザクは頭の中で訂正した。
フワフワと長く揺れる髪の毛は妹のナナリーに似ており、けれど全てを慈しむ瞳は彼が妹に向ける瞳に似ている。
ナナリーはその女性を母と呼び、駆けていって先ほどと同じように抱きついた。
「ナナリー、どうしました?」
「お兄様がナナリーにご本を読んでくださると約束してくださったので部屋で待っていましたのに全然来てくださらなかったんです!」
「あら、でもナナリー。ルルーシュはきちんと誤ったのでしょう?」
「・・・はい。」
「なら許してあげなさい。きっとうっかり本に熱中し過ぎて時間が過ぎていることに気が付かなかったのでしょう?ね?ルルーシュ?」
「あ、はい。」
じっと見つめてくるナナリーは唇を突き出すようにして何か言いたげな表情をしていたが、
すぐに廊下に響く3時を告げる鐘の音に気が付いて、再びスザクの手を取って沢山ある部屋の一つに入っていった。
部屋に入ればそこには大きな庭に面した窓がすぐに目に飛び込んできた。
窓から見える庭は手入れが行き届いており遠くのほうには噴水が見える。
その庭を眺めることが出来るように配置された大きなソファが2つ並んで置かれている。
細部まで凝ったつくりのソファの一つにナナリーは座ると置いてあった絵本に手を伸ばした。
「お兄様、お兄様。」
早く早くとせがむ様に肘の辺りを掴んで引っ張ってくる彼の妹は自分の知る彼の妹よりもどこか幼さを感じ、
けれど兄が大好きなのだと体全体で表してくるところは変わりがないとスザクは思って思わず口元を緩めながら表紙を開いた。
「Alice was beginning to get very tired of sitting by・・・」
スザクは左側に重さを感じて本から視線を向けるとそこには寄りかかるようにして寝息をたてて眠るナナリーがいた。
起こさないように静かに本を閉じて改めてナナリーに視線をやった。
ナナリーがこんなに感情豊かに動き回るところをスザクは見たことがなくて、思わず驚いてしまっていたけれど、改めてみれば自分の知る彼女より幼さが残る。
それもそうなんだろう、さっき見た鏡に映るルルーシュはスザクの知る小さい頃のルルーシュ、そのままだった。
そこから導き出されるのは・・・
「ここは・・・過去・・・うわっ!」
「ルルーシュ!」
そう言って後ろから抱きつかれ、スザクは思わずそう声を上げる。
何事かと、後ろを振り返り視界に入ったのは、優しい桃色。
ナナリーとは違った柔らかい紫の瞳をキラキラとさせて口元に笑みを浮かべるのは、自分の知る少女より幾分か小さい。
「ユ、フィ・・・?」
「?・・・どうかしたの?」
思わずつぶやいた彼女の名前にキョトンとした瞳でユーフェミアはスザクを見つけてくる。
その姿が、自分の知るユーフェミアと被る。けれどそれも当然だ、さっき立てた自分の考えが正しいのならきっと彼女は自分の知る彼女の小さい頃なのだ。
未来の彼女は、自分を認めてくれて騎士にまでしてくれた彼女は、数時間前に自分の目の前で息を引き取った。
こんなに風に明るい笑みは、出会った頃の笑みと同じだとスザクは懐かしさを感じた。
そして同時にもうあの世界で彼女のこの笑顔は見ることが出来ないのだと思うと、スザクは胸を締め付けられるような感覚に陥る。
だから余計に、こうしてまた彼女の笑顔を見れたことがスザクには嬉しかった。
「ね、一緒にお茶を飲む約束をしていたでしょう?今日は天気も良いし外で飲まない?」
「あ、でもナナリーが寝ているし・・・」
「でも今の時間は私との約束の時間でしょ!ちょっと位大丈夫!」
ほらほら!とナナリーのいないほう側から引っ張られ、ユーフェミアのあまりにも強い力にスザクは腰を浮かべる。
そのせいで膝の上に載せていた本は大きな音を立てて地面に落ちた。
寄りかかっていたナナリーも本の音と急に騒がしくなった周囲の音で目を覚ましてしまった。
「お兄様・・・?どうかし・・・ユ、ユフィお姉様!」
「ナナリー・・・ごめんね、起こしちゃったよね?」
「あ!ルルーシュ!ナナリーも起きたことだしいいでしょ?二人でお茶をしましょ!」
「お兄様は私にご本を読んでくださっているんです!」
「でも今は私との約束の時間なのよ!」
二人の言い合いに思わずスザクは目を見開いた。
ユフィとナナリーが顔を合わせたところを見たことはなかったけれどこんな風に言い合う少女たちであっただろうか?
それでも、改めて思えば彼は妹に優しかった。
そう考えるとユーフェミアにも優しかったのかもしれない。それは一般的に考えられる理想の兄といわれるもの以上の兄だったのかもしれない。
そうなると、この彼の人気ぶりにも納得のいくものがある、とスザクは目の前の二人を眺めながら考えていた。
けれどいつの間にか回されていた両腕を両側から引っ張られ、他人事のように考えていたスザクも思わず妥協策を提案せずに入られなくなった。
結局二人の座っていた椅子にスザクをナナリーとはさむようにしてユーフェミアが座り、本を読むことになった。
二人はスザクに寄りかかるように眠ってしまっていたのに気がつき、二人を起こさないようにして、再び本を閉じた。
暗くなった外はもう遠くのほうは見えず、代わりに室内を反射して写す。
窓ガラスに映る自分の姿はやっぱりルルーシュだった。
スザクの知る人物たちもスザクを見てルルーシュと呼ぶことからやっぱり自分は今ルルーシュになっているんだと改めて思った。
この白い宮殿の中は穏やかだった。時の流れがゆっくりで、一時間が長く感じるほどに穏やか。
溢れるのは暖かい笑顔で、辺りに満ちる光や流れる風も自分たちを優しく包み込む。
こんな世界で、優しく微笑み穏やかに紅茶を楽しむ。
怒りなんて知らずに、憎しみなんて知らずに、争うなんて知らない世界。
そこに住んでいるのがルルーシュで、それこそが、自分の知るルルーシュだ。
そんな世界とは無縁な人で守られるのが当たり前の人。
だってルルーシュは俺が守ってやらなければならないほどに弱いんだ。
だからゼロがルルーシュであるわけがないんだ。
あんな男であるわけがない。ルルーシュは違うんだ。
そこで『復讐だ』と叫んだ少女の声がスザクの頭の中に響く。
どうしてあんな男の復讐とルルーシュの小さい頃が関係するんだ。
でも、あの女のことだ、何があるのかわからない。だから用心するに越したことはない。
ゼロとルルーシュを結び付けようとする少女にスザクは思わず嫌悪感を抱く。
スザクはそこまで考えたとき窓に映ったルルーシュの目つきがきつくなっているのに気がつき、頭を振って改めて窓に視線を向けた。
そうだ、ルルーシュはあんな目つきをしない。
窓ガラスに映るルルーシュが優しげな光を取り戻したのを確認してから、両脇に眠る二人の少女に微笑みかけた。
寧ろ今回のこと、自分に対する神様の与えた褒美なのだと、そう考えることでスザクはひとまず安心し、穏やかな世界で目を閉じた。