「スザク、君の言うとおりだ。君は間違ったことをしていない。」
窓の外は暗く、室内の明かりも最小限にしか点けられていない部屋の中で、スザクは一人、自分の背丈以上の、天井まで届きそうなほど大きな鏡に向かって微笑みを向けていた。
たった一つの光 3
「これは・・・」
そう言ってソファの上に落ちているリボンをスザクは手に取る。
何の模様も付いていない無地のリボン。確かユーフェミアのものだったはず、と以前このリボンを尋ねたときの彼女を思い出す。
その日は会ってすぐに彼女は嬉しそうに見て見て!と言ってきた姿が印象的だった。
「お姉さまに貰ったの!」
そう自慢げに話すユーフェミアは嬉しそうに手にとって笑っていた。
それをこんなところに忘れていっては駄目じゃないか。
思わずため息をついてスザクはあとが付かないように小さく折りたたみ部屋を出た。
大きな河を目の前に、スザクはこの建物から、いや、敷地から出たことがなかったことを思い出した。
改めて考えてみればここ数日で自分と会ったことのある人たちの名前を挙げられるのは片手で足りるだけしかいなかったかもしれない。
けれど閉じ込められていると感じないのはこの建物と敷地が考えられないほど大きいからなのだろう。
皇帝が仕事をしたり来賓の者を接待する場であるパーティーの行われる大きな間などがある建物を中心として
河と呼ばわる長く大きな池は皇帝が持つ多くの妃と子供たちの住む離宮へと繋がっている。
そこを船を使って行き来するのが本来の河の使い方なのだが一度でもそういった使い方をした皇族はいない。
マリアンヌ皇妃、彼の母がそう言っていたのを思い出し、ひとまずは目の前の階段を降り始めた。
「ここはどこだろう・・・?」
以前ユーフェミア自身から聞いたことのあった道を辿ってみるがなんだか違うような気がしてならない。
スザクは不安になってあたりを見渡せば、遠くのほうにメイドが歩いているのに気が付く。
「あの・・・!」
そう言って呼び止めたメイドは自分を呼び止めた相手を探すようにあたりを見渡し、
すぐにスザクの姿を視界に入れたかと思うと一瞬嫌そうに眉を寄せ、こちらを見なかったようにして足早に去っていく。
「え・・・」
今までアリエスの離宮でされたことのない行動に思わずスザクは口をぽかんとさせてしまう。
しかしその後何人ものメイドに声をかけるも皆同じように去っていく。
それでもめげずに歩き回ると目の前に少し開けた場所が広がった。
そんなときに、後ろから少年の声がその場に響いた。
「おい!」
「え?」
「お前、なぜここにいる!」
「あ、道に迷って・・・」
振り返れば少年は三人いた。
初めて会話が成立し、思わず嬉しそうに笑うと目の前の少年たちはやはり先ほどのメイドと同じように嫌そうに顔をしかめた。
「・・・お前、第十一皇子だな?」
中でも一際煌びやかな服装に身を包んだ少年が声をかけてくる。
そう聞いてくるって事はきっと名前も知っているはずなのに・・・そう思って少々不満げになりながらもスザクは首を縦に振って答えた。
けれど今のやり取りで不満に思ったのは何もスザクだけではなかった。
「・・・そうですが。」
「・・・勝手に私の領地に入ってくるなど無作法ではないのか?」
「え、あ、すみません。」
そう言って誤るスザクを嫌そうに睨みつける。
スザクもそんな彼らの表情の変化に気がつき、わずかに眉を寄せた。
同じくらいの年齢なのに・・・
ましてやここは皇室の者が殆どで他はメイドか騎士か、貴族ぐらいしか入れないはず。
それに先ほどの少年の言葉だと自分と同じように彼も皇族なんだろうとスザクは感じていた。
だから余計に半分血の繋がった兄弟が珍しくもあり、そしてどうして同じくらいの少年に上から見下ろされなければならないのか不満でならなかった。
どうして睨まれなくてはならないんだ。
「・・・・・ふん、さすが庶民出を母に持つヤツは礼儀が成っていない。」
「まったくですね。たかだか庶民出で騎士候の母を持つ十一皇子の癖をして皇子の顔を見て自ら名乗りを上げぬとは。」
「最近第三皇女ユーフェミア様がこいつにご執心らしいからな。いい気になっているのではないか?
こんな奴を好いておられるなど、ユーフェミア様も変わったお方だ。」
彼の母であるマリアンヌのことを馬鹿にした言葉を放ち、そしてユーフェミアの悪口を言う。
スザクの頭には、ユーフェミアの微笑みが頭に浮かび、最後のともし火が消える前の微笑みが浮かんだ。
『スザク・・・』
スザクは頭に血が上り思わず目の前の三人に向かって叫んでいた。
「ユフィの悪口をいうな!」
「『ユフィ』?『いうな』?誰に向かって貴様は命令しているのだ!!あまつさえ、ユーフェミア様をお前のような輩が愛称で呼んで良いような方ではない!
その生意気そうな目、やはり一度体でわからせたほうがいいみたいだ。」
そういうや否や両脇にいる者に皇子が顎で指示すれば、二人はにやりと笑ってスザクの頬と腹に拳を叩き込む。
あっという間に倒され、スザクは見上げるように三人を睨みつける。
けれどすぐに二人はスザクの腹めがけて蹴りを入れる。
二人の足の間から、ニヤリと笑いこの光景を見ている皇子の姿が目に入る。
スザク自身の体であるならばこんなことをすぐに跳ね除けることが出来るだろうに、今はルルーシュの体であったためにスザクが思うほど自由に動かすことが出来なかった。
他の人に助けを請おうと視線を巡らせるも誰もが皆、自分を助けてくれるような者でないことがわかる。
始めにこの宮殿に来たときと同じで、目が合えば嫌そうに見られるだけだった。
頭だけはガードして、スザクは一瞬の隙を付いて勢いよく立ち上がると中心人物の皇子めがけて殴りつけた。
「やめろ!!!」
スザクの振るった拳は皇子の頬に入り、彼は口を切ったのか口の端から血がにじんでいた。
「こ、この私を殴るとは!このことが露見しても良いのか?!」
「それで裁かれ痛い目を見るのはお前のほうだ。先に手を出したのはお前だ!」
「ふんっ!何もわかってないなお前!私のほうがお前より家柄も、継承権も上だと言うことがどういうことなのかわかっていないのか?」
「そんなことは関係ない。」
この場で受ける視線に嫌気がさしてスザクは自分の来た道を戻り始める。
先ほどの二人に支えられるようにして立たされた皇子はそんなスザクの背中に向かって叫び続けた。
「貴様、このブリタニアという国が理解できていないようだな!誰も私を攻めないだろう!」
「後悔するがいい!」
捻った足でぼろぼろになりながらもこの数日で住み慣れた宮殿に帰れば一瞬宮殿内は騒然となった。
駆け寄ってきたナナリーはスザクの姿を見るたび大きな声で泣き始め、マリアンヌは悲しそうに目元を細めた。
医者を呼びに言ったメイドが帰ってきて診察を受ければたいしたことはなかったため、どうにか落ち着くことが出来た。
やっと静かになった宮殿で、自分の部屋に入ったスザクは上着を脱ぐことも忘れ真っ先に向かったのはいつもの鏡の前。
鏡に両手を付いて写る姿を目を細めて眺めた。
顔のいたるところに張られたテープ。一番酷い頬の部分にそっと触れればわずかに痛みが走り思わず顔をしかめる。
それから何かしゃべることも痛かったが、わずかに口元に笑みをつくりスザクは穏やかな表情を作って口を開いた。
「大丈夫か?気にすることはない。ユフィを悪く言ったあいつらがいけなかったんだ。スザクは何も悪くない。あいつらは裁かれて当然さ。」
「貴様、何をやっているんだ。」
誰もいなかったはずの室内で、突然少女の声が響いてスザクは思わず振り向く。
そこには服装は違うものの自分には見覚えのありすぎる少女が立っていたことにスザクは思わず警戒した。
「君はっ!」
「お前・・・ルルーシュではないな?ルルーシュはどうした。」
探るような瞳が近くの明かりに照らされて怪しく金色に光る。
「なっ!何を言ってるんだ!お前が俺をここに落としたくせに!」
「私が・・・?そうか。ならそれは私であって私じゃない。」
「俺にとったらお前はお前だ!」
「ふん。まぁ私にはどうでもいいことだな。では質問を戻そう。貴様、何をやっていた。」
「な、なんだっていいだろ。お前なんかに関係のないことだ。」
慌てたようにスザクは鏡から離れる。
「関係ないだと?私の大切なその子に手を出されて私が黙って見ていると思っているのか?
貴様・・・よくも私のその子をそんな風にしてくれたな。綺麗な顔が台無しではないか。」
「だったら知っているはずだな!お前、俺に何をした!」
「何か知っていたとして、私がお前に教えるとでも?お前、馬鹿だな。もう少し頭を使ったらどうだ?その頭は飾りか何かか?」
フッと笑って見下すように視線を向けるC.Cにスザクは一歩足を踏み出す。
「なんだと?!」
「まぁいい。未来の私が貴様をここに落としたのだとしたら。それは真実、復讐のためだろう。」
そう言ったC.Cの言葉にスザクは落とされるときの言葉を思い出す。同じ言葉でも心の篭り方が違う、とスザクは思った。
「俺はお前に復讐される理由がない!それから、早く俺を元の世界に戻せ!」
「何度言えばわかる。私はその理由とやらを知らないのだぞ。それにお前・・・本当に帰りたいと思っているのか?」
「っ!」
「精々今の幸せをかみ締めておくんだな。」
絶句したスザクの表情を存分に眺めてから、C.Cはふわりとスカートの裾を揺らしてスザクに背を向けるとそのまま音もなく消えた。
C.Cの立っていたところから離れるように退き、壁へと突き当たる。スザクはそのまま前髪をクシャリとさせてそっと瞳を閉じた。
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