「・・・そしてマリアンヌが死ぬ、か。」
「そう。それが一つの節目だよ。世界が変わる瞬間だ。」
信じられなかった。
信じたくなかった。
耳を、目を、塞いでしまいたかった。
知らないことにしたかった。
けれど大切な人の為ならばと、目の前にある扉を開けたんだ。
けれどそこにあったのは世界の崩壊だけだった。
盤上に役者は揃う
ラウンズが学園に3人もいる。この状況で以前よりも余計に目立つことが出来なくなったしまったことに連日ヴィレッタ、ロロ、そしてルルーシュで話し合いが行なわれていた。
今日も授業が終わっていつもどおりに集まり会議を行ったのだが、結局よい方法は見つからず現状維持という結論に至った。
そうして秘密部屋の入り口を抜けて出た図書室内を歩いていたルルーシュは突然角から現れたアーニャに驚き一歩後ろに下がった。
「ア、アールストレイムさん・・・?!」
赤い瞳を見上げるようにルルーシュへと向けるアーニャ。常に無表情で単調なしゃべり方をするアーニャがルルーシュは苦手だった。
転入してきたもう一人のラウンズであるジノは陽気な性格で話しやすいがスキンシップが過剰な気がするためこちらの方もルルーシュは苦手だった。
しかし扱いやすいのはジノの方だとルルーシュは思っていた。
何の感情も読むことの出来ない瞳に見つめられ、ルルーシュは無理やり作った笑みを口元に乗せた。
「えーと・・・」
「・・・アーニャ。」
けれど返ってきたのはそれだけだった。ルルーシュにはアーニャの言いたいことがよく分からず、僅かに口元が引きつりそうなのを押さえ、もう一度名を呼んだ。
「アールストレイムさん・・・?」
「アーニャ。」
「アー・・・」
「アーニャ。」
「・・・・・・・・・・・アーニャ、さん?」
その言葉しか発しないアーニャになんなんだと怒鳴りたくなる気持ちを抑えてルルーシュがそう呼べば、アーニャは満足そうに大きく首を縦に振った。
「何か俺に用なのか・・・?」
秘密の部屋の入り口であるこの場所から早く立ち去りたいルルーシュはアーニャに優しげに問いかけた。
そうすれば誰でも素直に話してくれる。今までの経験と様々な情報から得た答えだと、これですぐに話を終わらせてここから立ち去れるぞと、ルルーシュは心の中でほくそ笑む。
それがつい最近の過密スケジュールのおかげであることは言うまでもない。
様々な少女たちとのデートには多種多様なハプニングはつき物だ。そのことを思い出しそうになりルルーシュはすぐさま頭の中から消し去った。
「この間の話の続き。」
「・・・あの、写真のことか?」
その言葉で思い出したのは数日前に見せられた自分が皇族だった頃の写真。
昔の姿を見て思い出す者が今までに誰一人として現れなかったのが不思議だとは思っていたから、ルルーシュにはいつかこういった人物が現れるだろう事は予測していた。
皇族であった自分は8年前に死んだ。けれど、テレビなどでは皇族特集などよくやっているのだ。現在のブリタニア皇帝の時代に生きる皇族、そして生きていた皇族の全ての者を紹介する番組が存在する。
いったいどこの誰がこんな番組を見るんだというようなものばかりだけれど、その皇族の誕生日には必ずといって良いほど編集されたものが流されているのだった。だからこういった人物は現れるのは想定内の範疇だ。
「そう。・・・この写真はルルーシュ、あなた。」
そう言って目の前にもう一度あの写真を突き出されるがルルーシュは困ったように突き出されたアーニャの手をやんわりと押して目の前から除け、あらかじめ用意していた言葉をなぞらえるように口にした。
「残念ながら、俺じゃないな。他人のそら似だろう?世界には似た顔の奴が3人はいると言われているしな。」
そこで話を終わりにしようとしたルルーシュにアーニャは表情を変えずにルルーシュの紫の瞳をのぞき込んでくる。
「アーム・・・アーニャ・・・?まだ他に用が・・・?」
「じゃあ・・・この間の人に合わせて。」
「この間・・・?」
何のことを言っているのか分からなかったルルーシュはアーニャの言ったことを口にする。それに対してアーニャはコクリと大きく頷いた。
「この間ここでルルーシュがふたりいるの、見た。」
「・・・」
見られていた・・・?!自分と咲世子が入れ替わる瞬間を見られたしまった?!
しかしそんな動揺も表には出さすに口元に乗せられる笑みは柔らかく、けれど僅かにルルーシュは警戒するように目を細めた。
そんなことに気がつかずに、アーニャは言葉を口にする。
「これがあなたじゃないのなら、あの人がそうなんでしょう?
だって二人いるのに、制服だって着ていたのに、ここにいるのはあなた一人。あの人を隠してるの?
それとも・・・あのときのあの人が今私の目の前にいるあなた・・・?」
「・・・アーニャ。何を言っているんだ?俺が二人?しかも俺が皇子だって?ハハッ!そんなことがあるわけないじゃないか。
よく考えてみてくれ。同じ顔をした人間が二人もいるなんて双子でない限り、そんなことがあるわけ無いだろう?
残念なことに俺には双子の兄も弟もいないんだ。だから君の見間違いだよ。」
ルルーシュが軽い口調でそう言うと、手を自分の左目の付近へと持っていく。
もしもこれ以上何かあるようならギアスで・・・まだこいつには使っていない。だったら記憶を奪うついでに仲間にさせてカレンを逃がしてもらおうか。
手で左目にかかる髪の毛を払うような仕草をして、口元に笑みを浮かべた。
「嘘。」
「・・・嘘?どうして君はそんな事を言うんだ?」
「あの時モルドレッドの熱感知で確認したから。」
「・・・」
「私は彼に会わなくちゃいけない。彼は私を、私の記憶を知っている人かもしれない。だから・・・」
そう言ってアーニャが一歩ルルーシュに近づいたとき、校内放送が流れた。
『学園内にいる皆さんに緊急放送です。クラブハウス近くには立ち寄らないで下さい。不審者の目撃情報が入りました。校内にいる生徒は速やかに校外へと非難してください。』
「なっ?!」
小さく声を上げてルルーシュは急いで近くの窓に近づく。この図書室は、クラブハウスが見える場所にあった。その窓から見えた様子は、クラブハウスの入り口に近寄る男と、咲世子が一戦を交えている瞬間だった。
普通でない動きで繰り広げられる戦いは咲世子が背中を切られることで終了した。相手の男は貴族のような格好をしているがルルーシュには見覚えのある人物だった。
オレンジ・・・!!どうして奴がここに!!奴は死んだのではなかったのか!
ジュレミアの進む先にはクラブハウス棟があることから、狙いがルルーシュであることは明らかであった。
ルルーシュを探しに来たということは、ルルーシュがゼロであるということを知っているということだ。
どうにかして違う場所に行かなくてはならない。
そう頭の中で瞬時に判断したルルーシュは行動に移すべく振り返り走り出した。
「うぐっ!」
けれどすぐに何かに引っ張られ、ルルーシュは思わず転びそうになってしまった。
振り返れば、先ほどまで話をしていたアーニャがルルーシュの制服の裾を掴んで立っていた。
「離してくれないかな、アーニャ・・・」
「だめ。」
「・・・しかし不審者が入ってきているらしいじゃないか。先ほどの放送で言っていたがすぐに校外に移動しなくてはならないだろう?だから離してくれないか?」
「いや。」
説明しても一向にルルーシュの制服の裾を離そうとしないアーニャに思わずルルーシュは怒鳴りたくなったが、大きなため息を吐くだけでどうにか感情を抑える。
それよりも先に裾を掴むアーニャの指を外せば良いのだということに気がついたルルーシュはアーニャの指を外す作業に取り掛かる。
そんなルルーシュの行動を見ていたアーニャは自分の指に掛かるルルーシュの白く細い指に視線を移し口を開いた。
「もしその不審者が来たら私がルルーシュを守る。」
「・・・なっ!?」
「これでもラウンズ。」
そう言ってアーニャは指先の力を強め、視線を指から図書室に入ってきた人物へと向けた。
「ここにいましたか、ルルーシュ。」
「・・・!」
入り口に立って嬉しそうに笑ったのは、ジュレミア・ゴットバルトだった。
「探しましたよ。貴方を。」
そう言って図書室の硬い床をカツンカツンと踵を鳴らせてゆっくりとした動作でやってきて、ちょうど中間に当たる場所で足を止めた。
「私は確かめなくてはならないことがある。」
ルルーシュは身構えるように体を強張らせたが、隣にいたアーニャがルルーシュを後ろに押しやるようにして一歩前に出た。ルルーシュはそんな行動に出たアーニャを驚いた表情で見つめる。
挑むように視線を向けて立つ背中はとても凛々しかったのだが、ルルーシュが逃げないように伸ばされた片手がいまだに服の裾を離していないことに気がつき僅かに眉を寄せた。
「ダメ。先に私の質問に答えなくちゃいけないから。貴方は後。」
「貴方は・・・」
「ラウンズ。ナイト・オブ・シックスのアーニャ・アールストレイム。」
「・・・そんな事、関係ありません!」
そう言ってルルーシュとアーニャに向かってくる。
「させない!」
「なっ!!」
「アールストレイム卿、邪魔をしないで下さい。」
「それはこっちの台詞。」
アーニャはジュレミアの剣を忍ばせていた銃で防いだ。
その間も変わらず指を離さない為に、ルルーシュは自分の意思で避ける事も出来ず、振り回されるようにしてアーニャのそばにいる。
すれすれのところで行なわれる戦いにルルーシュは顔を青くさせた。
「もういいですよ。そのままルルーシュに聞けばいいことですから。・・・何故貴方はゼロを演じ・・・何故祖国を敵にまわす・・・?!」
「・・・っ!」
「・・・ゼロ・・・?」
戦いを終わらせてから聞くのは面倒になったのか、ジュレミアは戦いの最中にルルーシュへ質問をしてきた。
そんな質問に思わず息を呑んだルルーシュと、ジュレミアの言葉がよく理解できず首を傾げたアーニャ。
オレンジ・・・!!ここでラウンズに知られるわけにはっ・・・・!
どういうことなのかとアーニャがルルーシュに振り返るようにして視線を向けた瞬間、ルルーシュはギアスを使って叫んだ。
「俺のことを、忘れろ!」
その言葉と同時に、二人の瞳は赤く染まり動きが止まった。ルルーシュは肩で息をしながら手を額に当てた。
「ハハッ・・・」
また、やってしまった・・・
けれどシャーリーのときとは違う。ゼロであることがバレる事も皇族であったことがバレる事もあってはならないことだ。これでよかったんだ。
二人から離れるように退くも、アーニャが掴んでいた裾はいまだに離されておらず、ルルーシュは下がることが出来なかった。
こんな状況に陥っているというのに離さない指。それだけ知りたかったのだろうか。
ルルーシュはふと、アーニャの指を見てそう思う。
自分を知っているかもしれない。といっていたが、実際ルルーシュはアーニャに会ったことは無かった。
いったいどういうことなのか。そんな事を考えていた時、ジュレミアの左目が光った。
その光に思わず顔を上げるルルーシュだったけれど、すでにルルーシュも光に飲み込まれていた。
『私は、貴方が良いのです・・・』
目の前の少女が少年に向かって傅く。皇族の格好をした自分に向かって傅く少女の髪はピンク色。
向けられた瞳に嵌められていたのは、ルビーのように赤い瞳。
『ではアーニャ。お前を私の騎士となることを命じる。』
少女が少年の手を取って口付けをした瞬間、鏡のように壊れたそれはキラキラと輝いて先ほどとは違ったものを映し出す。
『マリアンヌ。それにルルーシュ、ナナリー』
『お父様!どうしたんですか?』
『ルル様逃げて!マリアンヌ様とナナリー様を連れて逃げて!あの方は・・・』
『どういうことですか!父上!』
『ほぉ・・・そうか。聞かれたのならば、仕方ない。』
『ルル様―!!!!』
『私は、ずっとずっと・・・』
真っ白な世界から現実へと変わり、気がつけば先ほどまでいた図書室の床にルルーシュは膝をついていた。
「それじゃ、全て・・・俺のせいで・・・」
そのせいで、母さんは・・・殺された・・・?あの男に・・・?
大きく見開いた瞳を揺らしてルルーシュは視線を落とした。そんなルルーシュに向かってジュレミアが剣を振り下ろす。
「ルル様!」
そう言ってルルーシュを再び庇うように銃で受け止めるアーニャ。その言葉にルルーシュは顔を上げた。
「アーニャ・・・」
「ルル様、ごめんなさい。ずっといるって・・・言ったのに・・・私の記憶、消されていたなんて。記憶を消した、ルル様を利用しようとしたあの人の騎士なんかなっていたなんて・・・許せない。それにもっともっと早く私が気がついて知らせていたら、そしたら・・・マリアンヌ様は・・・!」
「アーニャ・・・それはアーニャのせいじゃないだろう?」
「でも・・でも、そうか・・・だからルル様はゼロになった・・・」
「・・・っ!」
「ゼロ・・・マリアンヌ様の為・・・?」
「ジュレミア卿・・・?」
「ルルーシュ、全てはマリアンヌ様の、為・・・?!」
「・・・そうだ。俺は、守ろうとしたら守ることの出来たあの男に復讐するため、ゼロになった。あの男さえ守りさえすれば、後宮でテロなど起きるはずがない!あれさえなければ、母さんと、ナナリーの足と目は・・・!」
「そう、でしたか・・・私も、あの場おりました・・・初任務だったのです。」
「なっ!あそこに・・・?!」
「敬愛するマリアンヌ皇妃の護衛・・・しかしまさかあんなことになるとは・・・!私は・・・守れなかった・・・!忠義を果たせなかったのです・・・!ルルーシュ様、貴方がゼロとなったのは・・・この為だったのですね・・・!私はあの人に仕えてなどおりません・・・私は・・・ルルーシュ様に・・・」
「ジュレミア・・・」
「・・・間違ってる。あれは全てあの人の仕組んだこと。だから・・・」
アーニャのその言葉にジュレミアが目を見開いてアーニャを凝視する。アーニャの言葉を引き継ぐようにルルーシュが口を挟む。
「あぁ。そうだ。今思い出した。あの事件はあいつの計画に一部だった。そのことを知ってしまった俺とアーニャは計画を順調に進める上で邪魔だったんだろう。奴の力、ギアスで記憶を奪われた。」
「そうだったのですね・・・では・・・」
「あぁ、黒幕はあの男、ブリタニア皇帝だということだ。」
ルルーシュの脳裏に記憶が奪われる瞬間のブリタニア皇帝の顔が浮かぶ。以前スザクに引き出されたときの光景と似ていることに思わずルルーシュは拳を硬く握りしめた。
そんなルルーシュにアーニャは近寄ると、静かに跪いた。
「ルル様・・・私を、再び騎士としてお傍に置いて下さい・・・」
「アーニャ・・・」
「・・・何度ルルーシュ様と剣を交わらせたか分かりませんが、私もルルーシュ様のお手伝いをさせてください。」
「ジュレミア・・・」
アーニャと同じように跪いたジュレミアにルルーシュは視線を向ける。
「そうか。では、アーニャは直ちにカレンの開放を。そしてジュレミア。お前には嚮団がどこにあるのかをリークしてもらう。次の作戦では、お前たちにも参加してもらうぞ。そしてあの男を引き摺り下ろすぞ。」
「イエス・ユア・マジェスティ」
あの日奪われた世界は決して帰ってくることはない。
こうして歩むこの道のりがあの男の計画通りだったなら、望みどおりの結果にしてあげましょう。
すでにこの手に役者は揃った。だから父上、その一番高いところで待っていてくださいね。
最後に笑って差し上げますから。